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池谷石黒ウェブログ

Asian Plastic Party's Diary

Planning ROCKETSブログ

Twitter(@asianplastic)

January 27, 2012 8:21 am
"若い人はその時代に足りないものに対してハングリー。今の経営者や管理職の人は若い時、お金やモノに対してハングリーだった。今の若者は共感や社会を良くしたいとの思いに対してハングリーだ。上の世代が「若者に元気がない」と感じるのは、自分たちがかつて渇望したものを今の若者が求めないからだ。"
8:05 am
"巻上公一がデレク・ベイリーについて書いていましたね。78年ごろ、デレク・ベイリーが日本に来て、阿部薫や近藤等則らと共演したんです。それを見に行った巻上公一は、「日本のミュージシャンはただ指癖と情念だけで演奏していた」と。そこには、つまらない破壊の幻想があった。でも、デレク・ベイリーだけは、ハーモニクスやヴォリュームペダルを駆使して、新しい音をつくっていたと。要するに、指癖と情念だけでは自由になれないということです。"
8:04 am
"

ドイツの社会学者が発表した論文にあったんだけど、
数十カ国を調査した結果なぜか20代後半〜30代後半の年齢層の人間は

「自分達あたりの世代が昔からの伝統や礼儀をぎりぎり受け継いでいる世代だ。
これより下はどうもおかしくなってしまっている」

と考える癖があるらしい。面白いことに国が違っても民族が違っても
共通してそういう風に感じて発言するんだってさ。

もちろん、今現在だけの話というわけじゃなくて数十年前から繰り返し
「自分たちがぎりぎり礼儀を受け継いでいて〜」と言ってて
その次に20代後半〜30代後半になった世代も同じように
「自分たちがぎりぎり礼儀を受け継いでいて〜」と繰り返す、と。

社会に出て数年経って、周りを見る目が付いてきた頃に感じる
人類共通の感覚なのかもしれないね。

"

おもしろ コピペ新聞 (via ktgr) (via plasticdreams, yangoku)

2008-05-07

(via gkojay) (via shantihtown) (via onthewater16) (via mmqqbb) (via kuriz)

(via skeeve6254)
7:54 am
"

 「好きくらいじゃダメなの。会場を満杯にするには、魂を鷲掴みにするほど魅了しなきゃリピーターで来てくれない」と、知人の宝塚トップスターが私に言ったことがあった。

 ある画商は、「きれいな絵、気持ちいい絵、くらいじゃだめなんです。魂を鷲掴みにされた人は、他の客に取られたくないからその画家の作品を何枚も買うのです。きれいな絵は一枚買ったら、それで終わりです」。

"
7:24 am
"

初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

"
7:20 am
hm7:

サービスを提供している私たちもびっくりしたのが、昨年1年間に投稿されたルートをプロットしてみたところ、見事に日本地図の形が出来上がり、全国津々浦々で 使っていただいているのだなと改めて実感しました。 (via ルートラボの投稿ぜんぶ繋いだら日本地図になったよ - LatLongLab)

hm7:

サービスを提供している私たちもびっくりしたのが、昨年1年間に投稿されたルートをプロットしてみたところ、見事に日本地図の形が出来上がり、全国津々浦々で 使っていただいているのだなと改めて実感しました。 (via ルートラボの投稿ぜんぶ繋いだら日本地図になったよ - LatLongLab)

(via pdl2h)

7:19 am
"●作った少年当時小6→今35歳避難生活
「原子力明るい未来のエネルギー」。24年前、小学6年生の少年はそう信じ、双葉町の標語コンクールに応募した。
標語は町の商店街の入り口に掲げられ、現在も残る。
少年はいま35歳になり、同町から直線距離で約450キロ離れた愛知県で避難生活を送る。
「明るい未来ではなかった」。悔しそうに言った。

○つかぬ気持ちの整理 「明るい未来」頑張る
福島第一原発から4キロの町中心部に自宅がある大沼勇治さん(35)は、6月20日に長男勇誠(ゆうせい)ちゃんを出産したばかりの妻せりなさん(36)と、愛知県安城市の県営住宅に避難している。

標語の看板はいまも、道路を横断して掲げられている。震災後、テレビや新聞で見るたびに複雑な感情がわく。
双葉町民に「うしろめたい気持ち」も感じる。

大沼さんの記憶では、小学6年生のときに町が募集し、学校で「原子力」の言葉を入れて1人3案ずつ応募した。
「原発の恩恵を受けて町が豊かになると疑わなかった」。学校では、原発を宣伝する施設の見学に行った。

大学進学と就職で双葉町を一時離れたが、29歳で帰郷し就職。実家は標語看板の近く。誇らしかった。

サラリーマンの傍ら、3年前に看板のすぐ脇にある母の土地に2階建て4世帯分のアパートを建てた。
町で初のオール電化アパートにしたのも、原発を意識したからだ。「2世帯は『原発さん』に貸した」。
福島原発で働く人を「原発さん」と呼ぶ。「東電がある限り、この町は大丈夫」と思った。

だが、3月11日に震災が発生。せりなさんと2人で南相馬市に逃げ、車の中で夜を明かした。翌日、会社のある相馬市にいるときに原発の水素爆発が起き、妊娠中のせりなさんが放射能の影響を受けないよう会津若松市の実家へ避難した。

さらに逃げようと、愛知県の親類と連絡をとり、3月末に安城市の県営団地へ。
生活用品は団地や近所の人が提供してくれた。
しばらくは双葉町に戻れないと覚悟し、当分はここで暮らすつもりだ。

会社を退職し、失業保険で生活費をまかなう。
そんな状況でも、アパート建設と自宅のローン1500万円が残る。
「原発さんがいたからアパート経営もできた。でも、原発事故のせいでアパートも捨てないといけない」


まだ気持ちの整理がつかず、新しい仕事を探すことはできない。
切り替えるためにも早く一時帰宅したい。
結婚式の写真や指輪を持ち帰り、故郷に別れを告げ、新天地でスタートを切ろうと考えている。

避難生活を送る故郷の人たち、生まれたばかりの我が子を思い、いまはこんな言葉が浮かぶ。
「頑張ろう明るい未来へ双葉町」
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7:17 am
"

「人は現実がありのままに見えてるわけではない。
見たいと欲した現実しか見えていないのだ。」

                 ユリウス・カエサル


「あなたがたは自分の量る秤で量り返されるのである」

         新約聖書:ルカ福音書 六章三八節

"
7:00 am
"本作は、1980年代にゲームセンターを沸かせた名作たちをひとつのアプリで楽しめるというもの。初期収録タイトルは『ゼビウス』『ドルアーガの塔』『モトス』『フォゾン』の4タイトルで、今後も随時追加される予定。収録タイトルのなかから1タイトルを1日に1回だけ無料でプレイすることができる。もっとプレイしたければ、コインを購入してプレイすることも可能だが、コインは10枚85円[税込]の超お得仕様。気軽にプレイしよう。さらにやり込みたければ筐体を買い切ることも。変わった試みとして、プレイ動画をネットワーク上にアップロードする機能を搭載している。ほかのプレイヤーのスーパープレイを見つけたら、見ているだけでも楽しくなっちゃうはず。"
6:58 am
"10. Geddy Lee
9. Neil Young
8. David Bowie
7. Janis Joplin
6. Axl Rose
5. Eddie Vedder
4. Freddie Mercury
3. Robert Plant
2. Tom Waits
1. Bob Dylan"
January 26, 2012 11:17 pm 10:46 pm
"
 1961年、東京芸大卒。66年、資生堂のCM用に前田美波里さんのポスターを制作。さらに前衛的な「パルコ」の広告を主導した。

 日米両国の舞台や映画など幅広い分野で活躍し、87年にジャズトランペッター、マイルス・デイビスの作品「TUTU」のジャケットデザインで日本人女性初の米グラミー賞を受賞。93年にはフランシス・コッポラ監督の映画「ドラキュラ」の衣装で米アカデミー賞を受賞した。現在ニューヨークで上演中のミュージカル「スパイダーマン」の衣装も担当していた。
"
10:42 pm
"マンガである。
ときは近未来、2015年の日本。
経済破綻に瀕した日本を救うべく、民自党(自民党がモデル)の小泉進次郎を首班とする内閣が立ちあがる。
内閣および党三役は以下のような人々で、本書では、名前をもじっているが、面倒なので元の名前で紹介する。

内閣総理大臣 小泉進次郎
官房長官 竹中平蔵
自民党幹事長 河野太郎
経済産業相兼農林水産相 柳井正〈ファーストリテイリング)
財務相 片山さつき
厚生労働相 小池百合子
総務相 橋下徹
国土交通相 猪瀬直樹

危機担当補佐官 高橋洋一

この内閣で行おうとするのは
1,農業補助金の廃止
2,関税の撤廃
3,最低賃金の廃止
4,企業に対する規制の撤廃
5,政府による電波の割り当ての廃止
6,公的年金の廃止
7,職業免許の廃止
8,教育バウチャー〈奨学金で公立も私立も同じ学費にすること)
9,郵政民営化
10,負の所得税〈最低年収を下回る人からは税も取らず、逆に行政から金をあげる仕組み)

というノーベル経済学賞のミルトン・フリードマンの唱えた徹底した資本主義説であるが、
説への賛否はさておき、私はこの内閣には絶対に政権をとってほしくないのである。"
10:34 pm
"おもしろいのは、今、カセットというメディアのミニ・ルネッサンスが見られることだ。この予告編に登場するメーカーのおじさんは、CDに追いやられてヒマになったけど、最近また売れ始めている、と言っている。たしかに地球上には今でも、CDやMP3や、それにビニールよりも、カセットテープに日常的な実用性がある、という地域がある。"
10:31 pm
"もうひとつ、注目すべきは「菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラール」のDSD音源。2011年4月6日Bluenote Tokyoにて行われたライブを音楽配信サイトOTOTOYがDSD録音したものから、まったく他では聴けないテイクを本誌のためにご提供いただいています。DSD特集を本誌で展開しているのと連動する形で、この音源はDSDのまま、付録ディスクに収録されています。"